す:スペースシャトル【すぺーすしゃとる】

80年代
セイジュン
セイジュン

こんにちは、セイジュン@アラフィフ応援隊です。スペースシャトルが初めて宇宙に飛びたったのは、1981年4月12日。コロンビア号でした。

 

さて、80年代あいうえお辞典、今回は「す」の項。スペースシャトルを取り上げます。

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スペースシャトル:宇宙への初フライト

2021年現在、クルードラゴンで野口聡一 さんが宇宙を旅しております。それから40年前、1981年の春、スペースシャトル コロンビア号が宇宙に飛び立ちました。

それ以前の1960年から70年代当初にかけてのアポロ計画についてはさすがに記憶がなく、物心ついてからの宇宙計画では、アメリカでは無人飛行、旧ソ連の有人飛行計画もいわゆる「ロケット」で行って指令船で戻ってくるという既存計画の延長でした。

飛行機型のシャトルで戻ってくるというまったく新しい概念のスペースシャトル計画は、本当にワクワクしたものです。

それまで宇宙「旅行」というのは空想の世界でしたが、飛行機の形のまま戻ってくるというものを目の前にして、やがて宇宙「生活」の時代が来るのかなぁ、なんて思ったものでした。

ちょうど、ファーストガンダムが1979年4月から1980年1月にかけて、本当にスペースコロニーの時代もまもなくか、なんて感じたものです。

 

相前後して、日本でも宇宙飛行士の公募なんてのもあって、「太陽にほえろ」のボン刑事が応募しました!なんて芸能ニュースもあって。

なんだか宇宙飛行・宇宙旅行が急に身近になったと記憶しています(もちろん、そんなに簡単なものではないというのはその後の40年の歴史が物語っていますが)。

歴代のスペースシャトル

さて、スペースシャトルですが、全部で6機。

初号機のコロンビア号の前にあった、滑走実験機エンタープライズ号も入れての6機です。

コロンビア号からだと5機、ですね。

ちなみに、エンタープライズ号は、そうです「スタートレック」のエンタープライズから名付けられたとか。

 

 エンタープライズ

 コロンビア

 チャレンジャー

 ディスカバリー

 アトランティス

 エンデバー

 

どれも、アメリカだなあ~というネーミングセンスですね。

 

悲しい2回の事故

さて、スペースシャトルについて書くと、どうしても2回の事故についても触れなければなりません。

 

1986年1月28日、スペースシャトルチャレンジャー号が発射から73秒後に右側のSRBのOリングの故障が原因で空中分解し、搭乗していた7名の飛行士全員が犠牲になった。機体の最重要機器の一つであるOリングが、異常寒波が原因の低温により損傷した。現場の技術者は再三にわたり12℃以下の気温でのOリングの安全性は保証できないと警告したが、NASAの幹部はこれを無視した。Wikiより

 

2003年2月1日、スペースシャトルコロンビア号が発射の際に主翼前縁の強化カーボン・カーボン断熱材が損傷したことにより、大気圏再突入時に空中分解した。地上管制室の技術者たちは損傷の広がりをより明確に把握できるよう、国防総省に対して三回にわたって高解像度の写真を撮影するよう要求し、NASAの熱保護システムの技術主任はコロンビアに搭乗している飛行士たちに耐熱タイルのダメージを調査させるべく船外活動の許可を求めた。NASAの幹部は国防総省の支援の動きに介入してこれを停止させ、船外活動の要求も拒否した。その結果、飛行士が自ら修理に赴くことや、発射準備作業中だったアトランティスで救援に向かうことの実現性は、ついにNASA幹部によって考慮されることはなかった。Wikiより

 

いずれの事故も離陸(大気圏脱出)、大気圏再突入という 摩擦との戦いの場で起きています。

想像を超える不慮の事故ではなく、想定は出来ていたのにNASA・国防総省といった組織内での、現場と本部との軋轢によって起きた人災であることにため息が出ます。

2011年、スペースシャトル計画は終了しました。

その後もアメリカを中心に、宇宙ステーションの運用や、新たな月面開発、有人火星探査計画 あるいは民間企業の宇宙「旅行」計画なども現実味を帯びてきました。

ただ、スペースシャトルのようなコアなシンボルは、まだ出てきていないように思います。

 

では、80年代あいうえお辞典 次回は「せ」の項で。