こんにちは、セイジュン(@39Seijun)です。東海道五十三次をコマギレに歩こう。今回は品川から川崎まで、二里半(11.4㎞)の行程です。秋の爽やかな日、2回に分けて歩きました。今回も適度な寄り道、B級グルメ、後半はヘロヘロといった旅になりました~。
2024年「今年やりたい100のこと」のひとつに「東海道五十三次を歩く」を掲げまして、春先に意気揚々と日本橋を出発、ヘロヘロになりながら品川に到着しました(ことの発端と日本橋~川崎の道程についてはコチラに記事に致しました)。
品川到着後、間をおかずに川崎を目指そうと思っていたのですが、サクラが散りゴールデンウィークが過ぎ、短い梅雨が終わると酷暑猛暑の日々。次の一歩を踏み出せないままに秋風が吹き。。。せめて年内に県境は超えたいな~ということで、この秋に川崎めざして再スタートです。
品川ー川崎間は11.4㎞、昔の表記でいえば二里半。これは2回に分けた方が得策と考え、まずはおおよその中間点、平和島近辺まで行ってみようとなりました。では、初日の模様です。
品川~川崎(一日目):品川本陣から鈴ヶ森刑場まで
2024年10月初旬某日、9:30。京急本線北品川駅から程近く、東海道五十三次「品川宿」につきました。春、この場に立った時は満開のサクラだったのに、今日は落葉が始まっております。では、川崎めざして出発です。
旧東海道は、国道15号(第一京浜)と並行して通っています。北側(陸側)から国道15号・京浜急行の高架・旧東海道・運河・やがて海という順番です。
道路は一方通行で車の交通量もほどほど。高低差も少なく平坦で、舗装も行き届いて、歩きやすい道です。国道15号は車ビュンビュンなのに対して、道路1本入っただけで実に穏やかで静か。こちらも軽やかに歩けます。
進行方向右手に見える京急の高架は、新馬場駅、青物横丁駅、鮫洲駅と過ぎて行きます。ほんと、普段乗らない路線だと駅名だけでも新鮮ですね~。
さて、立会川駅の標識が見えてきました。ここでは駅前に坂本龍馬像があるということでせっかくなので観に行きます。黒船来航の折、土佐藩では立会川付近にあった下屋敷の警備に江戸詰めの藩士を招集した由来によります。龍馬さんは今では令和の世の「オレオレ詐欺」を憂いていました。
せっかくなのでもう一カ所寄り道。新浜公園にある「浜川砲台跡」を見てきました。のどかです。
さて、立会川駅からさらに西に数百メートル。国道15号と合流する付近に鈴ヶ森刑場跡があります。江戸期の仕置場として知られています。モノの本によると、丸橋忠弥(由井正雪の乱)、天一坊、平井権八、八百屋お七らが処刑されたと言います。静かにお参りしておきました。
ここから国道15号を歩くことになります。幅広の歩道を歩けるので安全ではあるのですが、往復4車線の国道はトラックなど大型車がビュンビュン。海沿いに高速もあるはずですが、やはり国道15号(第一京浜)は動脈ですね~。
ここらで、出発から1時間半チョイ前。道中、旧跡などに足を止めてきたのですが、だいぶ疲れてきました。と言い訳をしながら、国道を大きく左折。平和島に向かいます。
品川~川崎(一日目):なぜか平和島競艇場に立つ
国道15号から西をむいて左折。つまりは海のほうに向かいます。数百メートルで平和島競艇場につきました。正式名称はボートレース平和島というのですね~。本日は開催日、調べてきました。つまり、確信犯的な寄り道です。
とはいえ、今まで競艇、やったことがありません。入場料が100円かかるというのも初めて知りました。ここでのお目当ては競艇ではなく、「煮込みの店 おおこし」です。
以前、NHKの「ドキュメント72時間」で見て、いつかは行ってみたい店となっておりました。今回実現。
まずは煮込みとビールです。うまい~!大鍋で煮込まれたからこそ出るこのホロホロ感。モツも野菜も全ていい感じ。そして味付けも辛すぎないところがまたいい。ビールのあてにも良かったが、煮込みライス派も多かったですね。うん、たしかにご飯と一緒もいいなあ。
さて、その後、競艇のほうも数レース。耳学問で「競艇は、艇数が少なく(6艇)、第一コーナーでほぼ決まり、舟券は単勝・複勝あたりでは旨味がなく3連単が楽しめる」とのこと。オッズを見ながら、3連単をいくつか買ってみること2レースほど。まあ当たる訳ないわな。ということで再度「おおこし」に行き、今度はカレー。
1杯のビールでは酔っぱらうこともなかったですが、秋の日差しが柔らかく、カレーで更に心地よくなり、まあ今日の東海道中はここら辺でということになりました。
平和島競艇場から国道15号まで戻り、西に向かい1キロほど。平和島駅が視界に入りましたが、もうちょい距離を稼いでおこうと隣の大森町駅で、今回ゴールとしました。
品川~川崎(二日目):大森町~多摩川超え
さて11月初旬。なんやかんやで前回の川崎チャレンジ1回目から1か月弱時間が経ちました。今回で川崎までたどり着きましょう。
9:30、京急大森町駅着。ここから川崎までは国道15号を進むことになります。しばらく歩道脇も特に見るものもなく単調な道中が続きます。京急蒲田駅を過ぎると羽田空港行きの高架が分岐していきます。その後、六郷土手駅を超えると、いよいよ多摩川超えにかかります。
国道15号の車道と別れ側道へ。多摩川土手に出て階段を上ると本線に合流。六郷橋の歩道・自転車道で多摩川を渡っていきます。左方手前には河川敷の草野球場が広がり、対岸には川沿いのマンションが見えます。
橋の右手には京急が走り、その先には川崎でしょうか商業ビル群が見えます。車道は車が行き、大型車が通ると橋がゆれ、ちょっと怖い気もしてきます。とはいえ、空が抜けていること!秋晴れの日に来てよかった~。
橋の中ほどで神奈川県に入ったことを知らせる看板に遭遇。今回の旅で初めて県境をまたぎました!
六郷橋からの風景写真を撮ったり、景色を眺めたり、のんびりと渡り切りました。どうだろう10分ほどだったかな~。ここで国道15号と別れ、川崎市街に入っていきます。旧東海道・川崎宿を告げる看板が目立ち始め、案内地図に従い本陣跡などを眺めたあと、東海道かわさき宿交流館につきました。
ここで川崎宿到着、ゴールとします。時刻は11:00ちょい過ぎ。大森町駅から1時間半でした。
品川~川崎(二日目):川崎宿到着、川崎大師さまお参り
さて、東海道かわさき宿交流館に入ります。
こちら、事前には知らなかったのですが、紫の大きな染め物で「川崎宿」と掲げられており、近くに寄ってみると無料で入ることのできる郷土館・観光案内所・休憩所といった施設でした。
トイレをお借りした後、1階の受付近くのベンチで水分補給をしていると受付の方から2・3階にも展示品がありますから是非とお声かけ頂きました。ということで見て回ります。
楽しかったのは2階にある川崎宿の復元模型。かなりのスケールで、江戸期の旅籠や商家の様子を知ることが出来ました。
また、案内をされていたかたとお話していると、このかたも東海道完歩の先輩で、私と同様に一気の旅ではなく、行っては帰りのコマギレ旅で3~4年かけたとのことでした。
いわく
・やっぱり箱根越えがしんどかった。石畳が苔むしていてすべりやすく怖かった。
・由比のあたりのサクラが見事だった。桜エビ解禁の直前でもったいないことをした。
・京都手前の山道もしんどい。
・東京から宿泊なしで行く限界は浜松あたりかな。夜行バスで行って歩き始めたりもした。
・泊りがけも(我々世代は)1泊が限界。2泊で3日間歩くのはしんどい。
などなど。貴重な話を伺えましたし、自分の心構えの浅さ・甘さを痛感しました。
そして最後に「今日はここでゴールにします」と告げると、「まだ時間も早いから、よかったら川崎大師様にお参りに行ってらしたら」とのアドバイスをいただきました。そうそう、女性の方でした。
「京急川崎駅から大師線があり、10分ほどでつきますよ」と教えていただき、せっかくなので行ってみることにしました。
川崎大師駅から門前街・仲見世通りを通り、川崎大師平間寺へ。そうか、ちょうど七五三のシーズンだったか。おじいちゃん・おばあちゃん含めて三世代でお参りに来ているご家族、お父さん・お母さんとお嬢さんに専属のカメラマンといった組み合わせもいらっしゃいました。
なんだかのどかで平和でいいなあ。仲見世通りで小さなだるまを二つ買って、お蕎麦屋さんでカレー南蛮うどんと瓶ビールに癒されて、今回の川崎宿を巡る旅、終了です。
反省と次回にむけて
今回、かわさき宿交流館でお話を聞いた説明員のお話、また同じく交流館ですれ違った方の凛々しい後ろ姿(この方は、京都から出発し川崎までたどり着いた方、もうじき江戸日本橋が見えてきたといった方でした)。
こういった東海道ウォーク諸先輩は、しっかり準備して、体力もつけて挑んでいるなあと感じました。荷物ひとつとっても必要かつ十分なもので軽装に、といった具合でした。他方、我が身と言えば「軽く」を意識してほとんど手ぶらでして、まあ都市部を歩いている分には何とかなってきましたが、この先はもうちょい考えないとなあと反省です。
訪れたい場所や、そこで見たいものなど歴史・地理的な背景ももう少し事前学習したほうがいいなあと思っております。そうそう、今回はスマホ搭載のグーグルFITの集計も全然忘れていました。とほほ。。。
と、反省で終わりますが、まあ道中はまだ始まったばかり。徐々に旅のスキルもアップしていきましょう。
どうだろう、年内にもう1回行けるかな~。春に再開、となっちゃうかな。陽気と相談しながら考えます。では、また。